「奈良少年刑務所保存・活用」プロジェクト(全文)


「この3月末で閉鎖された奈良少年刑務所の保存・活用について、法務省は民間事業者を募集していましたが、この度、全国で「チサン」ブランドなどのホテルを展開するホテル運営会社「ソラーレホテルズアンドリゾーツ」を優先交渉権者として選定し、収容棟をホテルに転用する案で、2020年中の開業を目指していると発表しました。」(小さなホテル奈良倶楽部通信・2017年5月27日)

座かんさい土曜塾「復興と再生の視点」で得た情報・考え方を参考に、昨年11月以来、「奈良少年刑務所の保存・活用」プロジェクトの企画を行い発表して参りましたが、5月末に法務省が優先交渉権者を選定・発表したこともあり、その中間報告を行い、提案の意義を問いたいと考えます。

『奈良少年刑務所保存・活用プロジェクト』 座かんさい 2017.6

1⃣ はじめに
2⃣ プロジェクトの主たる考え方
3⃣ 具体的な保存・活用計画
4⃣ 新事業をになう機能
5⃣ 保存耐震改修の考え方
6⃣ 煉瓦の風景イメージを継承する新設
[補] 外部空間の主要な展開

1⃣ はじめに

この法務省の事業プロジェクトは、築100年を超す奈良少年刑務所の形・意匠だけの保存や文化財指定を売り(広告的に)考察するのではない。古代国家(平城京)以来1,000年の長い時間の蓄積と共に、この地には諸々の関連する、検討を要する事項がある。

私達「座かんさい」では、このプロジェクトの予定がインターネットで公開されて以降、事業をどう考えていくべきかの検討を続けてきた(もちろん現時点で公開されている資料・参考書で想定できる範囲内)。応募案の期限(4/17)後、実状との矛盾・相違は覚悟して、その中間報告を行い、提案の意義を問う(さらなる資料が入手できれば修正報告の用意)。

2⃣ プロジェクトの主たる考え方

〇 少年刑務所でこれまで継続して行われてきた更生教育の理念を新たな施設機能で再生し、継承する。

〇 施設の対象を若年犯罪から、広義の社会的弱者(こども~高齢者、被災者等)に広げ、日常生活を共にする体験-宿泊(合宿)、ものつくり(農業、技術、コミュニティ等)を中心に、ホスピタリティに根ざした交流の場を提供する。

〇 本事業はサステナブル(持続可能)なホスピタリティを具現化する更生(再生)施設と位置づけ、100年のプロセス(歴史)を含めた保存・活用計画と考える。激動する社会にあって、施設機能は可能な限り流動的に考えたい。ホスピタリティが施設体験者の共通の“記憶”になることが文化の継承とみる。その意味でも、これまで培われた活動内容と背景は重要である。(写真集中の関係者寄稿の証言)

〇 単に構造形式(煉瓦造)や、素材(煉瓦、石、瓦)・意匠(様式)が、かもす雰囲気を特徴ととらえ、観光事業に特化した(「赤煉瓦ネットワーク」)ものでなく、日本建築学会の要望書にみるよう“文化財”として総合的な価値を継承する。(煉瓦造としては、赤煉瓦倉庫〔舞鶴、横浜他〕より魅力的であるが、東京駅、横浜の開港記念館、ジャックの塔より上位とは考えにくい。刑務所という“人”にとって特別の機能の建築として特筆される建築文化なのである。)

〇 事業が民間委託(PFI方式)されても、収支(30年~60年)は目先の経済面にとどまるべきではない。いわば文化事業としての評価が期待されている。中・長期を十分に想定した、社会の急激な変化に対応できるサステナブルな企画が欠かせない。(慌ただしい開発事業にみる多くの事例-超高層ビル・マンション50年、情報時代10数年)

〇 体験を共有しつつ学ぶ形は、現代の企業(組織)の構成員教育にも見られる(研究・実習+教育+コミュニケーション・宿泊)。一律でなく、コミュニケーションを介した多様性が生む価値を求めている。ロボットの性能とコスト比較のような考え方は、自覚あっての人々のキャリアには馴染まない。仕事の質は加齢と置かれた環境に応じ、変化・多様化し続ける。職種により、その質の奥行きの深さが異なる上、個人の自覚も様々である。
社会的には、何らかのハンディキャップ(不利な条件)と思われる状況が、プラスのキャリアに転じる可能性をを信じたい。

〇 とどまっていては埋めきれないスキ間を解決してくれる旅の宿がある。通常の観光用の宿泊の他に、研究テーマ(ex.ものつくり、古都奈良・東アジアの交流、遺跡調査等々)のある老若男女のグループ旅行で“泊る”。さらにはペットと同行できる癒しの旅の宿、ホスピスのような人生の旅の終着駅も受け入れる施設も含まれる。

3⃣ 具体的な保存・活用計画

〇 文化財は国の宝であり、広く国民の共有するものである。しかし一方、建築はそれも人間生活にとって特殊な機能をもつ建物は100年間存続期間中時々の必要に応じて改変が続いていたと考える。今後の事業として活用が継続されるためには、“保存アリキ”から少しでも多様性を備えた“建築”として再生をはかる改修をすべきである。

〇 文化財である煉瓦造保存の技術的(コスト共)制約が、活用計画の新たな諸室の機能を限定することになる。特に舎房棟では単なるリニューアル(内装)や記念碑的保存は意味がない。3m以下の室の奥行き、高窓、出入り口の寸法、段差(写真と寄稿から)、通常の生活空間と異なる特殊な形状の保存は、新たな事業にとりリスクが大きい。(狭小な一般建築、豪華客車、航空機、高級車の事例はあるが)(参考図)

〇 少年刑務所100年の歴史は、場内に多くの建造物(文化財指定外)を付加え続けたが、現状は当初(山下啓次郎)の構想にはありえない姿と思う。機能の固定的な舎房棟中心の配置計画をゆるやかに再編成し、30年~60年の事業を柔軟なものにする。(写真集寄稿の指摘がある(藤森照信)ように、奈良少年刑務所の最大の特徴は舎房棟の一点望視-ハヴィランド・システムにあるが、日本の更生を目標-グループでの作業・入浴・食事等の動線は矛盾する。結果的に舎房棟の先端に作業室が連続し、独房の設備がマイナス思考のため外壁の露出配管-風景になったと考える。)

〇 新事業では、保存対象とする建物を重要な景観要素とし、周辺の付属建物を整理(撤去)する。さらに新設建物、外部空間(庭園等)は、景観要素を最大限に活用(印象づける)し、近隣環境との調和も含め地域全体のイメージ(街づくり)に貢献することを目指す。

〇 具体的な耐震補強を屋内壁を中心とする前提で、新機能を展示(歴史、保存物、作品、文書)、個性的な合宿所・会議・アトリエ(共同体験の場)に改修。

4⃣ 新事業をになう機能

写真集の寄稿や新聞報道では、少年刑務所の更生教育の意義の継続や実習教育設備の活用、さらには体験者から指導者への道へ等々の提案が読み取れる(記述)。具体的な新事業では災害列島と再確認する自然現象や科学(エネルギー・原発等)最優先によるツケも視野に入れた対応(防災拠点)から、こどもから高齢者を含んだ、いわゆる社会的弱者が“心安らかな”生活を送れる原点になるような“地域”(まち再生)を考える。

その骨格は、(A) 地の恵み(歴史、食文化、共同作業)としての農業(林業他)。(B) 地域に根ざした伝統産業から生活道具、アートのものづくりの場(木工、金工、大工他)、(C) コミュニケーション 交流の場(情報関連、共同体験、展示)、(D) 健康(スポーツ、クリニックセンター)、(E) 運営・統合企画からなる。

(A) 生命の根拠=“育つ”がキーワード。地産、共有、仲間等々、効率(生産性)より“育つ”文化の継承を願う。果樹園や花畑、家庭菜園や貸農園、共同経営の売店・レストラン。指導者(地域農家、経験者)と共同体験。10万㎡の敷地全体を対象。当面、活用する煉瓦造建物をセンターとしてスタート。順調な運営上には将来、自立した私有の小屋(例「方丈庵」)を付加していく。

(B)既に実績のある刑務所の実習室(ものつくり)の機能を延長する。過渡的には舎房棟に隣接した従来の実習室(建築の耐久性、機器の老朽化他の限界がある)継続(作品展示、利用者動線の新事業移行)。運営状況により、“ものつくり”の進歩・発展(道具、規模、指導方法等々)に対応し新設(防災、効率機能や他機能との複合)が不可欠なので新事業当初から計画案を用意する。

(C) 体験を通しての交流(感動の共有)がコミュニティの基本と考える。(K 学園=自由学校の教育理念「個性」と同様)新事業の場では全体像の背景とな(A)~(D)の主たる機能を補完する。施設は会議場/教室(工房)/教官アトリエ/グループ宿泊室/ゲストルームの他、レストラン/ホール/庭園(農園+野外彫刻)/運営・管理諸室(ボランティア室)も含む。さらに東アジアに位置する奈良の伝統的な交流意識、国際化の諸機能(奈良墨の歴史)

(D) 新事業の利用者を、“社会的弱者”を含み一般人(世界的にも)=普通の人々と考えている。高齢化、高寿命化が進行する社会では、一般の動植物同様“健康な”生命維持の願望は当然である。地域の歴史態遺産(東大寺、北山十八間戸他)をはじめ、スポーツ施設(鴻ノ池運動公園)に近接しているイメージを継承できる。具体的にはスポーツジム(体育館)、クリニックセンター(医務所の活用)等。

(E) (A)~(E)の機能を統合(インテグレート)して運営するのは、単に宿泊料金(貸室~メンテナンス)の収支目標を目安にするレベルでは対応できない。強力な運営母体の構築が欠かせない。幸いに旧少年刑務所と地元の縁、地域の著名な寺社、ボランティア活動等にも共通する意識も見られる。もちろん行政の支援も不可欠であるが、国民の資産を運用する支援のあり方、単年度予算の枠や年々変わるリーダーの言説により、文化的施設を運営していくことに負担が生じることは避けなければいけない。

5⃣ 保存・耐震改修の考え方

通常、建築(鉄筋コンクリート造・木造)の基本的な耐震性能は、その平面形(断面形も)のバランスの良さがポイントであるとされるが、組積造(煉瓦造)の場合も同様に判断される。特に保存の主対象で、特徴ある5つの舎房棟は、それぞれ短辺1に対し長辺7程の平面。2階建、木造和瓦葺。煉瓦造の耐力壁(?)が長辺方向に4面。舎房間の間仕切壁[C-E]は不明(開口可能の情報もあるが)。さらに内壁は舎房毎に開口部をもつ。2階の内壁開口部上部は木造架構の下部との接点が不明[D]。

このような概要の構造体はバランスは良くない。棟の耐震補強は、新事業の活用をはかるためには、舎房間の間仕切を最小限にする構造的、施工技術的検討が必須になる(大きな制約)。他の煉瓦造の棟は庁舎に続く方廊下を除き概ね対称的な平面形と考えられるので、補強は室内側で対応可能と考えられ新機能の計画の自由度はある。

なお、100年超維持されてきた施設各棟の災害履歴(調査可能?雨モリ→屋根改修等)が改修計画の優先度の判断基準になると考えられる。文化財指定は従前の機能が活用可能な範囲にとどめるべきと考えるのは、文化財=保存から生じる諸問題に悩む事例が多過ぎることもある。

写真での判断で、舎房~廊下間の出入口開口部の高さ[A](現状床高+1.6m程度)、段差[B](約20㎝)の解消は等は人が生活する空間として必須である。もちろん、これらの制約を逆手に取り、新事業の機能をより魅力的にすることをプロは意図していると思うが。

6⃣ 煉瓦の風景を継承する新設

新事業は多様な機能が中・長期的に企画されるが、文化財保存の観点から利用者が常に“煉瓦の表情”を意識することを計画の基本に考えたい。不要になる諸構築物の整理・撤去に加え、新設建物を外周に配し保存建物を求心的に、個性ある窓外の風景を楽しむ。

既存中枢部を取囲む南北の煉瓦塀の印象は表門を中心に施設全体のイメージに直結している。南塀は新機能「農業」の背景、北塀は工房群、宿泊・交流群と内外一体となった“煉瓦の壁”による活用をはかる。主たるサービス動線を“煉瓦の道”とし、煉瓦壁をインテリアの一部とする実習室、宿泊室(構造的な補強にも配慮)[図-b] 。イメージのため補完(修景)することもある(西塀 図- a)

サービス動線(裏でない)の充実と共に、敷地内部に歩行専用の「回廊」を用意する。古都奈良の大寺院伽藍にみる回廊のように機能の異なる建物を結ぶと同時に、敷地全体の印象を明らかにすることも新事業の役割である。新事業のメインアプローチは表門-広場(新設)-庁舎であるが、利用者動線(客用駐車場)、将来計画も含め、北側の構内道路・煉瓦塀を介した副玄関を設ける。導入部(東北部分)は煉瓦塀の曲り角になるが内部の“煉瓦建築”(病監・医務所)は付属構築物に被われているため整備が必要である。

北側敷地(運動場・職員宿舎)は、長期の事業計画の補完地として確保する。舎施設を一団地とすることで要望のある地域の防災拠点化になるが、構内道路の位置づけも重要である。

なお、中・長期の構想に対応(多様な機能を想定)するためには、計画の施設には有効なスケルトンの基準を設定しておきたい。例えば“8mグリッド”。学校の教室単位(小学校~大学)であり、宿泊室(ホテルの客室)間口が4m内外。舎房の間口は2m程。

煉瓦造の保存建物は素材の単位を基準にした意匠で成立している。新事業の施設のの素材・形状は、主役の煉瓦に対し脇役に徹するデリケートな設計が必要になる。素材・形状に加え、新旧の取合部分や設備配管に至るまで配慮が欠かせない。要は相当規模の事業であるが、古民家等の改修と同様な細やかな気配り(設計意図と合形形成)、エネルギーが不可欠と考える。

[補] 外部空間の主要な展開 (利用者の自由な散策)

敷地面積が10万㎡に及ぶとされるが、国有財産であるかぎり最適な活用が望ましい。特に文化財指定と補完する新事業の構築物 、その他である外部空間のあり方を明確に想定しておきたい。(撤去する構築物の跡地を含め、事業の展開の可能性に及ぶ)

表門~庁舎間は利用者への“おもてなし”の空間、拘置監(南)、医務所(北)、馴じみのある理容所等で囲われた多目的広場とする。

舎房棟間は幾何学的(三角形)空間となるが、この2辺がそれぞれ舎房棟にはさまれた場は煉瓦造の印象を強くする。舎房の高窓にも配慮し、散策可能な雑木林とする。

庁舎と結ばれた回廊・倉庫棟と第一寮・第五寮が平行する間の空間は、並木を備えた外部多目的スペースとし舗装される。屋外展示や各種イベントを舎房1F を含んで行う。

拘置監をセンター(事務局、共有スペース、カフェ等)に改修し、農園(果樹園、花畑)は敷地南東部を中心に、季節毎の植生に応じ敷地全体を統括する。

既設の職員宿舎、運動場は中・長期に補完する敷地と想定するが、新事業のもの(人
)つくりと生活の場(工房+シェアハウス)の理念に沿った外部空間を含んだ施設。(古梅園参考)を考えたい。

既存の多くの渡廊下を回廊にまとめ、田園の集落を訪れるような、利用者の移動にともない変化する(絵になる)外部空間を目指す。“つくる”を想起させる建築・野外彫刻等も一役買うこととなる。

この意味で、近隣環境、東大寺、般若寺をはじめ運動公園、ユースホステル、幼稚園、(自由)学校等々とのつながりもこのプロジェクトの視野に含めたい。

新事業は文化センターであり、まちの防災拠点(こころ共)である。施設原形の分散配置を“保存”する上で各種の動線(利用者、メンテナンス、サービス、設備等)が交錯する。特に運営上の負担の点から、設備(エネルギ-)の持続可能な考え方・計画の十分な検討が必要である。

建築美術工芸同人 座かんさい座長 西村征一郎

(編集/写真/写真選択 座かんさい同人 今北龍雄)